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尾瀬 昆虫譜 極小ハッチョウトンボ! 1.立派な、かっこいいトンボでしょ! でも、実は・・・この子と会った時はまさかトンボだとは思えなかったな〜・・・。 茶色と黒と白の縞々模様がキレイ♪ 止まってくれたのは、小さなミヤマワレモコウの蕾です。 尾瀬ヶ原で見掛けるのはこれです。咲くと雄蘂がツンツンと飛び出るんですよ。 2.肩の紋、翅の付け根のオレンジ色の暈し・・・。 3.少し角度を変えて・・・ 4.尾もなかなか立派なものです。こうして写真で見ると小さい体の割りに翅がね〜・・・デカイ! 5.これでパフォーマンスも上手です! イナバウアーもどき♪ この縞々の尾が非常に印象的です。カワイかったな〜\(◎o◎)/! ☆この子、ハッチョウトンボでした・・・。トンボ科。八丁蜻蛉。 最初見た時は、アレっ? 尻上げ虫?・・・イヤ、違うな〜・・・ナンダロウ?でしたけど♪ 何しろ小さい! トンボだなんて・・・とてもそうは見えなかったな〜・・・。 こんなマイクロトンボをマクロで撮ったから、結構大きな立派なトンボに見えちゃいますね。 実際は20mm無いそうです。と、言うことは、例えば、
鳥取県三朝町 三徳山三仏寺本堂の発掘調査 三朝町教育委員会は、奥の院である投入堂(国宝)で有名な、三徳山三仏寺浄土院の本堂基壇の発掘調査を始めた。世界遺産登録を目指す三徳山の歴史解明に新たな手掛りを期待し、地下遺構を確認するのが目的。 昨年から4年計画の本堂の解体修理に合わせて実施。8月中旬までに15m四方の基壇の一部を掘り下げる予定。須弥檀の直下付近にトレンチを入れ、発掘範囲を検討する。 現在の本堂は1839(天保十)年の建築であるが、それ以前は、1688(貞享五)年の造営を記した棟札が残っているほか、1734(享保十九)年の「美徳山三仏寺境内絵図」に草ぶき入り母屋の本堂が描かれている。絵図が正確なら、当時の本堂の位置が現在と異なる可能性もある。 三仏寺本堂は1839(天保十)年の建築。正面10.5m、奥行き11mのやや縦長の仏堂。 [参考:山陰中央新報] 三徳山標高までの主な堂の標高 三徳山参道入口(標高265m)〜本堂(標高325m)〜投げ入れ堂(標高470m)〜三徳山頂上(標高900m)
森田十雨 7月22日(火) 三朝焼 森田十雨(森田統)作 高麗茶碗が六碗入りました。 高麗茶碗の写しの名人と称された森田十雨の作品。 今回収集家の方から六碗(黄伊羅保、魚や、柿のへた、伊羅保、片身替、伊羅保片身替、)お分け戴きましたので、本日から一碗づつご紹介させて頂きます。 黄伊羅保茶碗 大正11年 3月16日二代森田統氏、鳥取県三朝町に生まれる。 昭和27年 楠部弥弐氏に師事する。 昭和28年 第5回現代日本陶芸展に初入選。 昭和32年 第13回日展に初入選、第6回現代日本陶芸展入選。 昭和40年 第21回日展入選。 昭和49年 号を「十雨」と改める。 昭和50年 韓国に渡る。 昭和54年 春、柿の蔕に適する土が出来上がる。 昭和56年 4月、大阪市「大丸本店」にて百腕展開催。(図録が鳥取県立図書館に収められている。) 昭和56年 11月、裏千家資料館にて、黄伊羅保「千歳」、「妻戸」(十雨氏命名の仮称)を拝見する。 昭和57年 5月、「朝鮮茶碗と私」を出版。
三朝温泉 三朝温泉 今朝は 暑くなりそう 人気ブログランキング 応援ありがとうございます 田舎の色彩 初夏 北京の空気 「智恵子にも 見せたい空の 三が日」 高村光太郎の「智恵子抄」 智恵子は東京に空がないといふ ほんとうの空がみたいといふ・・・・とうたった東京の空 川柳は 正月三が日の東京の空はきれいだ これでも空がないというのだろうか(中山淳太朗・川柳茶話から) 早朝の東京・永田町のホテルの窓からは 富士山が見える 見えると言っても ボンヤリではなくクッキリだ 人間が動き出す前は 空気がこんなにきれいなのか この目で確かめられる 東京は 環境対策が進んでいることを感じる 北京は 早朝も昼間もガスっているように感じた 原因のひとつは 車の排気ガス その北京 五輪期間中 大気汚染の
監督の山川です。毎日暑くなってきましたね(^^;)この頃になってくるといつも想い 監督の山川です。毎日暑くなってきましたね(^^;)この頃になってくるといつも想い 出すのが、H13年お盆休みを利用して山陰に旅行に行った時、とんでもない国宝 を見に行ったことです。それは題に示す通り本当に恐ろしかった… 行程は700mぐらいで、標高差200m。登山事務所で氏名・住所を書き、宿入橋を 渡ったらすぐ垂直に近い『カズラ坂』・『クサリ坂』と登って、約一時間ぐらいで目的 地の投入堂の前へ!!でもこの堂内には入れず見てるだけ…どうしてこんな所に建 てられたのか、今も謎です。一生に一度、実際に見る価値があると思います。でも 死者が昨年もあった程ですから、安易な気持ちでなく修行の気持ちで登って下さい!! 場所は、鳥取県三朝町三徳山(みとくさん)三仏寺の奥の院「投入堂」です。 建物は、平安後期修行道の開祖役行者(えんのぎょうじゃ)が、平地で建設した堂 を気合で岩窟にエイッと投げ入れたことから『投入堂』とつけられたそうです!! 規則もあり1人ではダメ!!軍手に運動靴又はわらぞうり(500円)。雨天に入山不可、 冬期もダメ!!好奇心のある人は是非どうぞ行って下
フットサル鳥取県選抜選考会 全国女子選抜フットサル大会 中国大会に向けて、鳥取県選抜チームメンバーの選考会を兼ねた練習会を開催します 中国大会は10月13日(祝日・月曜) 鳥取県三朝町にて開催されます 鳥取県選考会練習会 第1回 7月21日(祝日・月曜) 倉吉(体育館調整中) 16-19時予定 第2回 8月17日(日) 東郷あやめ池スポーツセンター 10-13時 第3回 8月31日(日) 東郷あやめ池スポーツセンター 16-19時 参加意思のある選手は各チーム代表者へお知らせ下さい
修験道行場 孔子の言葉に「十五才で志学、二十才で弱冠、三十才で而立・・・・」というのがあります 私たちは、己の道を選択するために 「学問」をして知識を身に付け 「運動」をして体力をつけます そして、運良く自分の道(仕事等)を見つけられたら そこから更にその道を深めるために、知識・技芸を身に付ける必要に迫られます 最初から、自分のやりたいこと、したいことが見つけられれば申し分ないのですが 多くの人が 思い・悩み・惑っての後に、ようやく自分の道を見つける(られない場合も)に至ります しかしながら、好んでその道(仕事等)に就ける場合はいいのですが 吾が道(適職、天職、生甲斐)と言うのは、そう容易くは見つからないものだと思います 「成り行き」でとか、「否応なく」などと、責任を排斥(転嫁)した物言いになってきます とは言っても 日々の糧を得るためにも職業につき、技芸を習得し、その道のプロとして、自立しなければなりません それが、職業人であれ、専業主婦であれ、聖職者、公務員であれ・・・・、例外ではありません 己を磨くための自己研鑚「修業」に励むよう、気持を志向さ
中国観音霊場巡拝=その4−4 5日(土)。朝食をいただく前に出雲大社にお参り。 朝から気温28℃。汗びっしょりに。 旅館から約63kmある27番霊場・雲樹寺(安来市)を目指す。 枯山水庭園と中国地方屈指の伽藍を擁する寺院。 そして、すぐ近く(3km)の28番の清水寺(きよずみでら)へ。 気温30℃越える暑さに。 第29番札所、大山寺への途中、県道24号線から大山を見上げる(写真)。 ここからは鳥取県です。 標高800mと云うだけに、そして木々に囲まれているので27℃でも、ちょっと涼しさを感じました。 移動中に滝のような大雨に遭いましたが、小一時間位で止みました。 此のところ、こういう傾向が多いと地元の方たちが語ってくれました。 30番霊場は長谷寺(倉吉市・深緑に囲まれ、大絵馬が並ぶ観音堂がある)。 31番は三佛寺(さんぶつじ・鳥取県三朝町所在)。 厄除け祈願・国宝「投入堂(なげいりどう)」が有名。 しかし、つい最近不明者でる事故で、単身入山は禁止、と云うことで登ることはできませんでした。 次いで、特別霊場の摩尼寺(鳥取市内)。 人の驕りと慢心を戒める寺、と云う。ざっと200段以
澤幡カメラマンも上映会に・・・。 7月27日(日) 平和を祈る映画「ひめゆり」上映と朗読の集い に、カメラマンの澤幡正範さんも 高松に来てくださることになった。 現在のお仕事は 株式会社 民族文化映像研究所 役員 撮影・技術担当役員 フリーカメラマンとして、民俗関係、教育関係、などの作品を中心に映画、テレビの撮影を行う。 1990年 民族文化映像研究所作品『シシリムカのほとりで −アイヌ文化伝承の記録−』の撮影に対し、日本映画撮影監督協会(JSC)より『JSCスピリット賞』を受賞する。 キネマ旬報文化映画部門 では何度も受賞を経験されている方だ。 作品をみても 失われていく文化 残さなくてはならない映像を 撮りつづけておられるのだなと感じた。 最初は無理かなと思われていた 柴田監督に続いて 澤幡カメラマンも来て下さることは 主催者にとって非常に感動ものです。 昨夜、ニュースを見ていたら 高校の教科書に 沖縄戦という記述が使われることになったと 報じられていた。 悲惨な最期を経験された 元ひめゆり学徒の方たちが カメラの前で何を語って
三徳山三佛寺投入堂 先日のGWを利用し、鳥取県三朝町にある投入堂へと出かけてきました。 投入堂とは三徳山三佛寺奥の院の別称で、その前面は断崖に向けての舞台造りとなっています。 近づく道すらない垂直な崖に浮ぶとも建つとも表現しがたい優美な姿を、険しい山道を乗り越えてきた人たちにだけ見せ続けている投入堂。慶雲3年(706年)役の行者が法力で岩屋に投入れたと言われ、その事から「投入堂」と呼ばれる不思議な建物です。 現地について入山の受付を済ませる僕たち。ここでお寺の人から靴の裏チェックが入ります。ミュールやサンダルはもちろんNGですが、僕が穿いていたスニーカーも裏の溝が磨り減っているという事でNG。一足500円也のわらじを購入する事になりました。 てゆーか、スニーカーの方が安全だろ!!そんなミーハーな僕の考えを打ち砕くべく、しっかりグリップし安全な登山に一役買ってくれるわらじ。めちゃめちゃ機能的やん!!昔の人、恐るべし!!です。 入山してまず最初の難関がかずら坂。かずら坂なんて甘っちょろいネーミングですが、崖です。フツーに。かずらという木の根っこを手掛かり、足掛かりにして5メートルくらいの崖をよじ登ります。こう
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